◆作品説明
一生に一度しか出会えない逸品です。
大切に保管しておりました。100%真作保証です。
粟生屋 源右門の数ある名品の中から、
この機会に是非、価値ある作品を蒐集願います。
家宝にして頂くに相応しい特別作品と相成っております。
超希少な二代 東郊 粟生屋 源右門(あおや げんえもん)の
粟生屋焼の酒杯です。初代 東郊は、父 粟生屋 源兵衛です。
(推測ですが1853~1863年の晩年作品)
まさに、陶工の驕りが、二度と再現できない美の作品を生みました。
見込みや器形に京焼風の味わい深い作風が伺えます。
作品の種類は硯箱・炉縁・机・長板・箪笥・組重などで、
これらはちょうど木工品のような趣があります。この種の作品のほとんどは
銘がありませんが、まれに父の陶号である「東郊」の押印を用いたものもあります。
石川県九谷焼美術館発行の図録「吉田屋と粟生屋の至宝」P.133の
作品番号167に、全くの同手所載があります(画像8,9参照)
当方も、酒杯は図録での数種のみしか確認できておりません。
胴部には号の「東郊」印が入る。本作は二重丸形の印である。
鑑定書はございませんが、然るべき美術館にて既に鑑定済です。
布は藍色に見えますが実際にはこげ茶色でございます(画像10参照)
◆私見
厳密に言えば、楽陶は九谷焼ではないと考えますが、
粟生屋 源右門が、松屋菊三郎・北市屋平吉・板屋甚三郎・九谷庄三ら
数多くの九谷名工を育て、自らも若杉窯や吉田屋窯で主工を務め、
蓮代寺窯・小野窯・松山窯などでも指導に当たり、再興九谷諸窯の発展に尽し、
近代九谷第一の名陶工であった観点から、
「粟生屋焼」(あしょうやき)を九谷焼の類として出品致した次第であります。
◆作家略歴
1789~1863 江戸時代の陶芸家。
1789年(寛政元年)小松市材木町に生まれ、1863年(文久3年)没。73歳。
◆参考文
源右衛門は、1820年(文政3年)小松に戻り楽焼の窯を開きました。
九谷庄三、板屋甚三郎らがやって来て、白磁の製法の教えを乞いましたが、
源右衛門はあえて陶器の着画法を教えたといわれます。
それは、青手古九谷の再現のために上絵付の研究を続けていた
源右衛門の製陶への姿勢の現れである、と考えられています。
1822年(文政5年)自ら築窯し、粟生屋焼の制作を始める。
「粟生屋焼」は、素焼を強く焼きしめた上に白の絵の具で化粧掛けし、
底に絵呉須で模様を骨措きし、青、鼠紫、黄、褐色の彩釉を施して
焼成したものです。木工品のような独特の趣のあるのが特色です。
これらの作品は晩年10年間余りのものだといわれています。
号は父同様「東郊」で、書銘や小判型印あるいは円印が
捺されているものもありますが、数多くの作品は無銘です。
◆作品サイズ
口径5.0cm×胴径5.3cm×高さ3.9cm×高台4.5cm。
※若干大きさに誤差はあります。
◆状態
完品(東郊印あり)・無疵の超美品。
※詳細は作品写真をご覧の上、ご判断願います。
◆付属品:後世の極め箱と思われます。(蓋裏に書付あり)。
図録「吉田屋と粟生屋の至宝」の当該作品のカラーコピー付。
尚、図録(174頁 九谷焼及び関連作品図版239件372点)本体も
ご所望の方は、即決価格にて作品をご購入の方にお譲り致します。
※台と皿たてと後方の布は、付属致しません。
◆発送サイズ:60(図録同梱の場合は、別途サイズ)
◆発送について
・発送方法は、ヤマト宅急便のみとなります。
・離島の方は、別途お見積もりいたします。