以下、所謂ブラクラ妄想ショートショートです~~
題:『小箱の中の星月夜(ほしづきよ)』
序章:頑固者の朝
鎌倉の奥座敷、谷戸(やと)の風が肌を撫でる朝。わし、北大路 魯山(きたおおじ ろざん)の一日は、夜明けと共に始まる。まだ薄闇が支配する庭へ下り、井戸から汲み上げたばかりの清水で顔を洗う。肌を刺すような冷たさが、眠気と昨夜の酒を洗い流していく。話にならん。昨今の若いもんは、蛇口をひねれば湯が出る生活に慣れきって、この身の引き締まるような朝の儀式を知らん。そんなことでは、本物の美醜など到底分かりはすまい。
工房「星岡窯(せいこうよう)」に火を入れる。昨夜のうちに形を整えておいた備前の土が、静かに出番を待っておる。土と対話し、炎と語らう。これがわしの生業であり、生き甲斐だ。料理もまた然り。そこらにある食材を、ただ切って煮て焼くだけのものを料理と呼ぶでないわ。素材の声を聞き、その生命を最大限に引き出す。それが出来て初めて、食卓は芸術の舞台となるのだ。
そんなわしの静寂を破る者がおる。決まって、昼前の一番仕事が乗ってくる時間を見計らったかのように、砂利を踏む音が聞こえてくる。
「先生、ごめんください。銀座の銀巴里(ぎんぱり)でございます」
あの若旦那か。先代はまだ骨のある男だったが、二代目のこいつはどこか好かん。ペラペラと口先ばかりが達者で、物の本当の値打ちが分かっておるのか怪しいものだ。
「……入れ」
不機嫌を隠さずに返事をすると、案の定、にやけ面をぶら下げた若造が、上等な背広に身を包んで入ってきた。手には、仰々しく白手袋をはめ、小さな桐の箱を抱えておる。
「先生、本日はまた、とびきりの逸品が手に入りまして。ぜひ先生にご覧いただきたく……」
「ふん。貴様の持ってくるもんに、ろくなものはあったためしがない。どうせ、どこぞの成り金が飽きて手放した、見栄だけのガラクタであろう。時間の無駄だ、帰れ」
わしは轆轤(ろくろ)から目を離さずに言い放った。若旦那は、しかし、怯んだ様子もなく、さらに言葉を続ける。
「まあ、そうおっしゃらずに。これは、ただの宝飾品ではございません。先生の眼鏡にかなうかどうかは分かりませぬが、少なくとも、その辺の店先に並ぶものとは物が違います」
しつこい男よ。わしは舌打ち一つして、轆轤を回す手を止めた。
「……五分だけだ。それでわしの心を動かせなんだら、そのガラクタと一緒に叩き出してやる」
第一章:小箱の中の宇宙 - 邂逅
若旦那は心得たように頷くと、恭しく桐箱をわしの仕事机に置いた。蓋をそっと持ち上げる。現れたのは、白い真綿に鎮座した一対の耳飾りであった。
「……ピアス、か。西洋かぶれの女どもが耳にぶら下げる、あの下らん玩具(おもちゃ)か」
わしは一瞥しただけで、そう吐き捨てた。K18ホワイトゴールドとやらで出来た、小さな半円。そこに、芥子粒(けしつぶ)のような石がちまちまと埋め込まれておる。
「馬鹿にするな。わしが好むのは、土と炎から生まれる、用の美を極めた器だ。こんな、着飾るためだけの虚飾の塊に、何の価値があるというのだ」
だが、若旦那は動じない。
「先生、どうか、お手にとってご覧ください」
その自信ありげな口ぶりに、わしは不承不承、指先でその片方を摘み上げた。
その瞬間である。
ひやり、とした冷たさが指先に伝わった。そして、見た目の華奢さからは想像もつかぬ、確かな重み。
「……む?」
思わず声が漏れた。掌に乗せてみる。若旦那がすかさず言う。
「重さは、きっかり八分三厘(3.12グラム)ございます。K18WG、ホワイトゴールドの無垢でございますれば」
無垢。その言葉が、わしの心を捉えた。中身の詰まった、本物の証。見せかけだけの張りぼてではない。掌の上で転がすと、ころり、と心地よい金属の音がする。
わしは作業用の拡大鏡を手に取り、その耳飾りを覗き込んだ。
なんということだ。これは……。
その曲線は、ただの半円ではなかった。見る角度によって、その表情をがらりと変える。ある時は、闇夜に浮かぶ三日月のように静謐な弧を描き、またある時は、抜き身の日本刀の切っ先のごとく、鋭く研ぎ澄まされた光を放つ。この絶妙な大きさ、五分(18.35mm)に満たないほどの空間に、これほどの緊張感と流麗さを同居させるとは。設計した職人は、ただ者ではない。
そして、芥子粒と見くびった石。ダイヤモンド、とか言ったか。
「ナチュラルダイヤモンド、合計で八分の五厘(0.50カラット)。一粒一粒、寸分の狂いなく石留めがなされております」
拡大鏡ごしに見える世界は、まさに宇宙であった。小さな爪が、寸分の隙もなくダイヤモンドをがっちりと掴んでおる。この仕事の緻密さ、執念。これは、手先の器用さだけで出来る仕事ではない。作り手の魂が、この小さな金属片に刻み込まれておる。
「……ふん」
わしは鼻を鳴らしたが、その声に先程までの刺々しさはない。
「ホワイトゴールド、か。金というものは、本来、黄金(こがね)色に輝いてこそ価値があるものと相場が決まっておる。それをわざわざ白くするとは、西洋人の浅はかな知恵かと思っていたが……」
わしはピアスの地金に目をやった。それは、ただの白ではない。どこか青みがかった、静かで深い白。まるで、厳冬の朝、うっすらと雪を纏った老松の幹肌がごとき、犯しがたい気高さと品格を秘めた白だ。
「……どうしてどうして。これはこれで、一つの景色を成しておるわ」
いつの間にか、わしの口からは感嘆の言葉が漏れていた。若旦那が、したり顔で微笑んだのが、少し癪に障った。
第二章:光の饗宴 - 美食との対峙
この小さなピアスは、わしの創作意欲を妙に刺激した。
「おい、若旦那。昼飯はまだであろう。せっかくだ、わしの料理を食っていくがいい」
「えっ、よろしいのでございますか!?」
若旦那が目を丸くする。無理もない。わしが自ら客に料理を振る舞うことなど、滅多にないのだから。
「ただし、条件がある。そのピアス、わしが作る一品と並べて、見劣りするかどうか、貴様のその節穴で見届けてもらう」
これは、挑戦だ。このピアスの作り手に対する、わしからの挑戦状である。
わしは厨房に立つと、まず、今朝方、小坪の漁師から直接買い付けたばかりの生しらすを取り出した。相模湾の宝石。一本一本が透き通り、銀色に輝いて、まるで命そのものが躍動しているかのようだ。これを、下手に手を加えてはならん。鮮度が命。ただ、その輝きを最大限に引き出すための「舞台」が必要だ。
食器棚の奥から、一つの鉢を取り出す。わしが若い頃に焼いた、「瑠璃釉薬氷裂文鉢(るりゆうやくひょうれつもんばち)」だ。深い瑠璃色の釉薬の表面に、氷がひび割れたかのような細かい貫入(かんにゅう)が走り、光を受けるとキラキラと乱反射する。これ以上の器はないだろう。
次に、伊豆天城の清流で育てられた本山葵。これも、懇意にしている農家から、今朝届いたばかりのものだ。鮫皮のおろし器を手に取り、静かに、「の」の字を描くようにすりおろしていく。しゃり、しゃり、という心地よい音と共に、目に染みるような、それでいて甘露のごとき芳香が立ち上る。これだ。この鮮烈な緑と香りこそが、生命の証。
鉢に細かく砕いた氷を敷き詰め、その上に、水を切った生しらすをふわりと盛り付ける。まるで、瑠璃色の夜空に、天の川が流れているかのようだ。そして、その中央に、すりおろしたばかりの山葵をちょこんと乗せる。
完成した一品を、若旦那の前に置く。そしてその隣に、例のピアスをそっと置いた。
「……どうだ」
若旦那は、言葉を失っていた。瑠璃色の鉢の上で、銀色に輝くしらすの群れ。その一つ一つの透明な体は、まるで小さなダイヤモンドのようだ。そして、隣に置かれたピアスもまた、しらすの生命力に負けじと、内側から発光するような気高い輝きを放っている。
「……先生。これは……」
「美しいだろう。このピアスが持つ『光』に、わしはしらすの『生命の光』で応えた。このダイヤモンド、総量で八分の五厘(0.50カラット)か。小粒だが、その一粒一粒に凝縮された輝きは、このしらす一匹一匹の命の輝きと何ら変わらん。互いが互いを貶めることなく、むしろ高め合っておる。これぞ、美の調和というものよ」
わしは、自作の備前焼のぐい呑みに、とっておきの純米大吟醸を注ぎながら、満足げに言った。若旦那は、ただただ感嘆のため息をつくばかりであった。
第三章:時を超える石 - 鑽石(ダイヤモンド)と白金の物語
酒がすすむにつれ、わしの舌も滑らかになる。
「この鑽石(ダイヤモンド)という石は、面白いな」
わしはピアスを指でつまみ、光にかざした。
「もとはただの炭の塊よ。それが、地球という巨大な窯の中で、想像もできんほどの圧力と熱に何億年、何十億年と焼かれて、この世で最も硬い石に生まれ変わる。まるで、わしらが作る焼き物ではないか。ただの粘土くれが、千三百度の炎にくぐり、二度と元の土には戻れぬ、新たな生命を得る。この小さな石ころの中には、地球創生の記憶が詰まっておるのだ。それを、昨今の人々は、ただの値段でしか見ておらん。愚劣の極みだ。何億年という、人間の矮小な物差しでは到底計り知れん悠久の時に、敬意を払うべきではないのか」
「K18ホワイトゴールドとやらもそうだ。純金こそ至上とするのは、思考の停止、発想の貧困に他ならん。純粋なものに、あえて異なるものを混ぜ合わせる。パラジウムだか何だか知らんが、それによって、金は黄金色であることをやめ、月光のような白い輝きを手に入れる。これは、料理における『調味』と同じことだ。塩だけでは、ただ塩辛いだけ。醤油だけでは、ただ黒いだけ。そこに、出汁や味醂、酒といった異なる要素が加わることで、味は複雑な深みと広がりを持つ。このピアスは、金属の配合という『調味』によって、金という素材が持つ新たな可能性を引き出した、見事な一品と言えよう」
わしは一気にそこまで語ると、ぐいっと酒を飲み干した。
「つまりだ、若旦那。このピアスは、地球の記憶と、人間の叡智と、そして職人の執念が、この五分四分(18.35x14.41mm)ほどの小さな形の中に、奇跡的なバランスで結晶したものなのだ。これが分からん奴に、これを身につける資格はない」
第四章:持ち主を選ぶ器 - 美の継承者
「して、若旦那。こんな代物を、お前は一体、誰に売るつもりだ」
わしは核心を突いた。若旦那は、少し言葉に詰まる。
「それは……もちろん、この価値を分かってくださる、粋なご婦人に……」
「粋、だと? 馬鹿を言え。今の世の中に、本当の意味で『粋』を解する人間がどれだけおる。金にあかせてブランド品で身を固めただけの俗物女では、このピアスが泣くぞ。石が曇り、金が錆びるわ」
わしの脳裏に、このピアスを纏うにふさわしい女性の姿が浮かんだ。
それは、けばけばしい化粧をした女ではない。流行の服を追いかける女でもない。
たとえば、静かな茶室で、すっと背筋を伸ばし、無駄のない所作で茶を点てる、茶道の家元のような女性。あるいは、能の舞台で、面(おもて)をつけずとも、その表情一つ、指先の動き一つで、万感の思いを表現する、孤高の舞手のような女性。
内側から滲み出る知性と品格。多くを語らずとも、その存在だけで周囲を凛とした空気で満たすような、芯の通った人間。
そういう女性が、ふとした瞬間に髪をかきあげた時、その耳元で、このピアスが控えめに、しかし確かな光を放つのだ。
この流麗な曲線が、その者の美しい横顔の輪郭を、さらに引き立てる。見る者は、その一瞬の光景に息をのみ、言葉なくして、その人の持つ品格と美しさを感じ取るだろう。
「そうだ。これは、ただの装飾品ではない。持ち主の品性を映し出す『鏡』であり、その生き様を静かに物語る『器』なのだ。このピアスは、持ち主を選ぶ。そして、選ばれた持ち主を、さらに高みへと引き上げる力を持っておる」
終章:星月夜の独白
若旦那が、すっかり恐縮しきった顔で帰っていった後、夜が来た。
工房の窓から見える空には、満天の星が瞬いている。わしは一人、縁側で酒を酌み交わしながら、再びあのピアスを掌に乗せた。
月光を浴びたダイヤモンドが、まるで呼吸をするかのように、静かに、そして深く輝いている。まるで、夜空からこぼれ落ちた星のかけらのようだ。
「さて、この小さな星々は、次に誰の夜空を照らすことになるのか。この小さな器を満たすに足る魂を持った人間は、この今の世に、果たして幾人おるかのう」
わしはそう独りごちると、ピアスをそっと桐箱に戻し、蓋を閉じた。
「行け。お前の真価が分かる者の元へ。そして、百年、いや、二百年先までも、その輝きを失うことなく、美の物語を紡ぎ続けるがよい」
これは、もはや単なる商品ではない。一つの美の結晶であり、時代を超えて受け継がれるべき、一つの文化遺産なのだ。
翌朝、わしは若旦那に宛てて、一通の短い手紙を書いた。
『あの品、ただの石ころにあらず。次に託す相手、ゆめゆめ間違えるでないぞ。魯山』と。
【出品者より:商品の詳細とお願い】
この度は、数あるオークションの中から、当商品をご覧いただき誠にありがとうございます。
上記の物語は、このピアスの持つ芸術性と背景を、ある芸術家の視点から描いた創作でございます。このピアスが、単なる宝飾品ではなく、作り手の魂と素材の奇跡が宿った一つの「作品」であることを感じていただければ幸いです。
以下に、商品の詳細なスペックと状態を記載いたします。
【商品詳細】
管理番号: F4069
商品名: ナチュラルダイヤモンド K18WG無垢ピアス
素材:
カラット数: 合計 0.50ct ※刻印あり
総重量: 約 3.12g
サイズ: 縦 約18.35mm × 横 約14.41mm
付属品: ノーブルジェムグレイディングラボラトリー鑑別書付。
【状態】
中古品ですが、専門の職人による新品仕上げ(研磨・クリーニング)済みです。
地金部分には、新品仕上げでも取りきれない微細なスレや小傷が残っている場合がございますが、肉眼ではほとんど気にならないレベルで、全体として非常に美しい輝きを保っております。
ダイヤモンドは、天然由来のインクルージョン(内包物)がございますが、テリ・輝きの良いものがセレクトされており、美しく煌めきます。
ポスト(軸)に歪みはございません。キャッチもしっかりと留まります。
【お取引について】
商品の色合いは、お使いのモニター環境により、実物と若干異なる場合がございます。
状態につきましては、上記の説明と画像をよくご確認いただき、中古品にご理解のある方のみご入札をお願いいたします。
すり替え防止のため、ご落札後のキャンセル、返品、返金には応じかねますので、ご了承ください。
ご不明な点がございましたら、お気軽にご質問ください。
このピアスが、その価値を理解してくださる、素晴らしい次の持ち主様とめぐり逢えることを、心より願っております。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。